
Calanthe calanthoidesはパナマをはじめメキシコからコロンビアの中南米諸国やカリブ諸島に分布する地生ランです。このランと我が国の里山にごく普通に自生するエビネランは近縁関係(同じ属に属します。)にあります。

- エビネランとはどんな植物
エビネランとはラン科Epidendroideae亜属Epidendreae連Collabieae亜連エビネ属の地生ランの一種で、ジエビネ、ヤブエビネと呼ばれることもあります。直径2cmほどの球状の球茎を生じ、古い球茎は時に10年以上も残って、地表近くに連なります。この形をエビに見立てエビネランと言います。葉は2-3枚つき、薄く、形は長楕円形で先端は尖り、縦に5本の葉脈があります。葉は冬を越すと地面に横たわり、数年間は枯れずに残ります。
花期は4-5月で、新しい葉が展開してから、高さ30-40cmの花茎を伸長させます。花は花茎の半ばより上に多数つけます。萼片や側花弁は先端がとがり、唇弁は三つに裂け、左右の裂片が広く、中央の裂片には縦に3本の隆起線があります。

- エビネ属の分布
エビネランの学名はCalanthe discolorと言いますが、我が国に分布するCalanthe属(エビネ属)植物にはエビネの他にキエビネ(C. striata)、キリシマエビネ(C. aristulifera)、サルメンエビネ(C. tricarinata )、ナツエビネ(C. reflexa)、ツルラン(C. furcata)など約20種があります。
広くエビネ属全体を見ると、東南アジアを中心に、北はヒマラヤ、中国、日本にかけて、東はミクロネシア、西はアフリカ大陸の南東部やマダガスカル、南はオーストラリア北部までの範囲に約200種が分布します。これらエビネ属植物の分布図を見るとエビネ属の故郷はどうも東南アジアやニューギニアなどの熱帯のようです。
- パナマに自生するエビネ属

インドの成り立ち 

ガアランディア地峡
ところがエビネ属に属するランC. calanthoidesがただ1種がメキシコからパナマを含めコロンビアまでの中南米とカリブ諸島に分布しています。(Calanthe_calanthoides_)これはびっくり。C. calanthoidesはどこから、どうやってこのように遠く離れた中南米やカリブ諸島にやってきたのでしょうか。エビネ属が属するCollabieae亜連植物は今から2500万年ほど前に他の Epidendroideae亜属Epidendreae連植物から枝別れしたとされています。(ラン科植物の進化)C. calanthoidesの祖先がどこからどのようにしてパナマにたどり着いたかを知るには2500万年前から今日までの地球の陸地の配置を知る必要があります。この時代は中新世(Miocene)と言われ、現在の地球との大きな違いは、アジアではインド亜大陸がアジア大陸に衝突しヒマラヤ山脈の造山運動が起こったことでした。日本列島はまだアジア大陸の一部でした。目をカリブ海周辺に移すと、現在のパナマ地峡はまだ海底にあって、南米大陸からカリブ海のアンチェル諸島付近、メキシコのユカタン半島にかけて広大な地峡が存在していました。この地峡はガアランディア地峡と呼ばれ、パナマ地峡よりはずっと西側に存在しました。ガアランディアが消滅し、パナマ地峡ができたのは今から300万年ほど前です。そんな時代から現代までの間にエビネ属が生まれ、その中の一種がアジアから中米・カリブ諸島に自生するようになったことになります。一体どこを通ってカリブ海までやってきたのでしょうか。いくつかのルートが考えられますが、まだ明らかにされていません。可能性のあるルートの一つは北回りでベーリング海を通って北米大陸からメキシコに至るルート、第二は太平洋の大海原を越えてアジアから中米にいたるルート、最後はアフリカ大陸を経由して中米にいたるルートです。

第一、第二のルートではアジアからメキシコまでは少なくとも6000Km以上離れています。第三のルートの南アフリカから南米大陸までも6000Km以上の距離があります。更に第三のルートでは、現在C. calanthoidesが自生している地域の手前に、どこにもC. calanthoidesが自生していない南米大陸の広大な地があります。C. calanthoides の自生地は中南米の熱帯、標高1,750 ~ 2,600 メートルの高冷な森で、日本の夏のような高温、冬のような低温には耐えられません。C. calanthoidesの好む気象条件はアンデス山脈には普通に見られますが、アンデス山脈には本種は自生していません。従って、C. calanthoides の侵入経路は南の南米大陸側からではなく、北のメキシコ側から南に向かって分布を広げてきたのだろうと考えます。すると北側からコロンビアまで広がるにはパナマ地峡の存在が不可欠で、コロンビアに侵入した時期は今から300万年前以降であろうとおもわれます。
渡り鳥によってラン科植物が遠く離れた地域に分布を広げた顕著な事例があります。それはネジバナの仲間Spiranthes romanzoffianaです。このランは北米大陸北部が故郷で、イングランド、アイルランド、アリューシャン列島などにも分布します。このランは北米大陸北部から2000Km以上離れたイングランドやアイルランドまで渡り鳥によって運ばれることが報告されています。

日本から最も遠くまで渡りをした渡り鳥の記録を見ると、新潟県で放鳥されたオナガガモがアメリカのミシシッピ州で回収された記録があります。この距離はエビネ属の故郷・アジアからベーリング海を越えて、C. calanthoidesの自生地メキシコまでの距離にも匹敵します。従って、アジアからメキシコまで渡り鳥によって運ばれたエビネ属植物がC. calanthoidesの元になったとも考えられそうです。

いずれにしろ不思議な話ですね。