COSPA パナマ野生蘭保護活動

パナマのランの保全と植え戻し

園芸学名誉学士 James Miller氏の寄稿

    James Miller 園芸学名誉学士はWisley英国王立園芸協会植物園高山植物チーム所属、球根植物及びラン科植物が専門。APROVACAでの活動に加えアメリカ合衆国Longwood植物園やエルサレム植物園にも従事しています。今回の原稿はOSBG(Orchid Society of Great Britain Journal) に寄稿されたものです。

    パナマ地峡はランの多様性でよく知られています。比較的限られた面積に多くのラン科植物の種が分布しています。1500種以上の野生種が一度入ったら出られないような熱帯雨林の中に生育していると言われています。

    APROVACAで栽培されているパナマのランをいくつか紹介します。APROVACAはエルバジェ及びカブジャのラン栽培者協会のスペイン語の頭文字をとったものです。この非営利団体は2001年に設立され、日本の人たちの支援の下にパナマの地元民によって運営されています。私は2012年から2013年にかけて6か月間APROVACAで働きました。私はそこで働いている間に地域のラン、サトイモ科、Zamiaについての生育域内での成長と栽培に関するMerlin財団のプロジェクトを完成させました。幸いなことに長い間活動を停止している火山のカルデラの底にある小さな非営利事業による団体、APROVACAは小規模の公開植物園、ラン栽培施設及び保護センターを運営しています。APROVACAは地域、特にエルバジェ火山の外輪山セロガイタール及びその山を覆っている熱帯雨林を含む自然保護区で見られるランを保全する活動を行っています。

    野生からの採取や盗掘は世界中のランが直面する問題の一つですが、エルバジェ地域でも深刻な問題です。パナマの国花Peristeria elataは残念ながらそのよい一例です。このランは精霊ランとかハトランとして知られていますが、斑点のある白い色のハトのようなとても素晴らしい形をしています。多くのパナマのランが着生ランであるのに対しPeristeria elataは地生ランで、盗掘者の絶好のターゲットにされています。ですから野生でのこのランは絶滅の縁にあります。APROVACAはこのランの保全について特筆すべき新たな事業計画を立ち上げました。それはオーナー制度です。この制度はパンダやトラの保護に適用するには魅力的ではないかもしれませんが、野生のランが直面している保全という問題に人々の関心を引くであろうこと及び組織に資金を集めることが期待されています。Peristeria elataはコスタリカ、コロンビア、ベネズエラ、エクアドルにも分布しています。

    ランは送粉者に受粉に対する対価を与える場合があります。Stanhopea panamensisは熱帯ハリナシバチEuglossa spp.に芳香性物質、香料を提供していると考えられています。ハチはこれを集めて樹脂と混ぜメスバチを誘引します。近縁のGongora powelliiStanhopeaよりは少量ですが、この対価をEuglossa spp.に与えています。Gongoraの花は垂れ下がって咲きますので通常バスケット栽培やコルクや樹皮につけて栽培されます。Euglosineハリナシバチはパナマのランにとって重要な送粉者ですが、多くのランはほかの送粉者によって受粉されます。例えばハチドリはElleanthus robustusの送粉者のようです。

    APROVACAにあるランで珍しいものの一つは一属一種のNeomoorea wallisii(別名Neomoorea irrorata)です。この独特な花は萼片と花弁の外側がバーネットオレンジ色で花の中心部や蕊柱は白色です。縦しわのある大きな葉は多くのランの中でも目立ちます。

    パナマのランはその大きさもいろいろです。熱帯雲霧林に入ってもあまりに小さいので小さなランを見落としてしまうことがあります。その顕著な例はPleurotharia plicataです。その小さな葉は周囲の苔の中に折れ曲がって、花が咲くまで埋もれてしまっています。Lockhartia micranththaもミニチュアランの一つです。平たい葉はまるで細く折りたたまれたようで、種名のmicranththaは小さい花を意味し、折りたたまれた葉の間から伸びた茎に鈴なりになった黄色い花は小指の爪ほどもなく、その姿にぴったりの名前です。

    大きなランの例はVanilla属でしょう。APROVACAガーデンには2種類のVanillaがあります。バニラエッセンスの主な生産種であるVanilla planifoliaとメキシコのアステカ族が初めて利用した野生ランであるVanilla pomponaです。Vanillaは大きな樹木の根元からてっぺんまで大きくてまっすぐ登ってゆく性質のランで、地上や樹木の幹に沿って水平方向にも広がります。美しいランのLycaste 、例えばLycaste macrophillaは偽球茎をもって水平方向に延びてゆくランです。三枚の萼片は赤からコーヒー色に近い茶色で、ピンク色の斑点のあるクリーム色の魅力的な花弁を持っています。肥厚した茎である偽球茎は水分や栄養分を貯蔵し、全てではないですが、多くの熱帯のランの持つ組織です。Scaphigiottis behriiの小さな偽球茎は、偽球茎同士がお互いの上に重なり合い特異な形になります。もう一つ付け加えると、Schomburugkiaでは偽球茎の中が空洞になっていてアリの住処になっています。ラン園の中にあるSchomburugkia lueddemanni(現在はLaelia lueddemanniとされています。)は細長い花茎の先端に巨大な花の塊を作ります。Catasetum vilidiflavumMormodesなど近縁のランでは偽球茎は非常に大きく、一風変わった形のランがしばしば朽木に着生します。これらは腐生ランと言われ、ある種の菌類と共生し、光合成と共に菌類によって分解された朽木からも養分を吸収します。

    多くのパナマのランは園芸的価値が高く、Cattleya類に属するランの仲間は美しい交配種の交配親になっています。これらの交配種は温帯にある観賞用温室の中で高い価値を持っています。APROVACAの庭園の中で特に高い観賞価値を示しているのはSobralia callosaです。このランはパナマ固有種で葦のような植物体にショッキングピンクから紫色の花をつけます。この植物はカリブ海沿岸から山岳地帯に生えています。残念なことにSobraliaは花の寿命が大変短く、たった半日ほどしか持ちません。Sobralia callosaの花は12時間ほどしか持たず、再びこの短命な花の花盛りを見るには少なくとも2~3週間は待たなければなりません。

    このほかに目につくランとしてはBrassavola nodosaがあります。この花は乾季の間に咲きます。この花もちょっと短命ですが、幸いに葉は常緑で、折り重なるように繁茂するのがすごい点です。Brassavolaの葉は細長く多肉で多肉植物のような特徴がありです。来園者の一人が木の幹にぶる下がった電線みたいだと言っていました。

    先にも触れたNeomoorea wallisiiはAPROVACAが植え戻しに注力している8種のランの一つです。その他はAcineta chrysanthaCycnoches warscewiziiEryopsis bilobaGongora armeniacaGongora gibba、Gongora tricolor及びHoulletia tigrinaです。ランが活着しやすいよう植え戻しは雨季に行われます。ランはセロガイタール自然保護区内の適切な樹木に使用済みのプラスティック買い物袋を使って括り付けられます。

    APROVACAが直面している困難の一つはランの種子による繁殖です。共生菌を使った直播法よりは滅菌ガラス容器内の寒天培地上での発芽法がとられています。APROVACAではこの方法はごく簡単な機器で行われています。ガラス容器滅菌用のオートクレーブの代わりに使われている調理用圧力釜が重要な器具です。APROVACAでは、いつか十分な資金で完備した実験室が整備されることを期待しています。

    APROVACAのような生育地内の小さな施設が絶滅危惧ランの保全に役立ち、かつ多くの人たちがそのことに関心を持つという、そんな前向きなインパクトは非常に重要です。中央政府の支援で生まれたエコツーリズムはエルバジェの地域住民の生計を支えています。2019年現在、不法な採集、盗掘、山火事、農地の拡大などで熱帯雨林の保全がかつてないほどの困難にさらされています。パナマにおける保全の努力が続き、この美しい国の豊かで素晴らしいランの多様性が守られることが望まれています。