COSPA パナマ野生蘭保護活動

パナマのランの故郷③

~アジア編~

   多くのパナマのランの故郷は南アメリカ大陸です。しかしわずかですが、これはアジアから来たランだと思われるものもあります。それらはどうやってパナマにたどり着いたのでしょうか、考えてみると大変面白いですね。

   ラン科植物は次のような様式で分布を広げると考えられます。
・ラン科植物の種子は非常に小さく、軽いため風や渡り鳥、昆虫などにより大洋を越えたりして非常に広域に分散します。
・種子は分散先でらん菌の助けがないと植物体にはなれません。ラン科植物の種によってらん菌も異なると言われます。
・一般に開花しても、特定の送粉者が花粉塊を葯(雄蕊)から柱頭(雌蕊)に媒介しないと結実しません。送粉者による花粉塊の媒介で最も手近なのは、自分の雄蕊から雌蕊でしょう。(これを自家受粉と言います。)自家受粉は遺伝情報の多様性が保てないためか、多くの植物は自家受粉を避ける機構(ラン科植物では葯と柱頭の成熟時期が異なるなど)を持っていて、通常花粉は他の花の柱頭と交配します。(他家受粉と言います。)

   ラン科植物はヤクシマラン亜科 Apostasioideae、ヴァニラ亜科Vanilloideae、アツモリソウ亜科 Cypripedioideae 、チドリソウ亜科 Orchidoideae、セッコク亜科 Epidendroideaeなどに分けられます。

   パナマのランで故郷がアジアではないかと考えられる仲間には、わが国にも分布するコウトウシラン、カクチョウラン、エビネランの仲間、コクラン、ナリヤラン、キヌランなどです。コウトウシラン、カクチョウラン、エビネランの仲間はセッコク亜科のCollabieae連、コクランはMalaxideae連、ナリヤランはPodochileae連に属し、いずれも近縁の仲間です。また、キヌランはチドリソウ亜科に属します。セッコク亜科やチドリソウ亜科はヤクシマラン亜科、アツモリソウ亜科、ヴァニラ亜科に比し新しく分化した仲間で、誕生したのは第三紀中期の大凡2500万年前頃と考えられます。Dresslerはこれらの植物は第三紀中期に大洋を越えて長距離分散したとしています。つまりアジア起源でパナマにも分布する仲間は分化した時期と大洋を越えて長距離分散をした時期が同じ頃だと言うことになります。
   同じ属でも種によって、その属が他の属から分化して間もなく成立した種もあれば、ずっと後になってから生まれた種もあるでしょう。ところでCalanthe 属でも、日本のエビネランは中国、韓国、日本にしか分布しませんが、Calanthe sylvaticaCalanthe triplicataは同一種が東南アジアからアフリカ、マダガスカルに大洋を越えて隔離分布しています。これらの種は種が確立した後に長距離分散をしたのですから、長距離分散の時期は、属の分化した時期より新しく、第三紀中期よりは後である可能性があります。
   キヌラン(Zeuxine strateumatica)の分布の中心はインドやスリランカですが、わが国でも沖縄、鹿児島、宮崎に分布します。キヌランは芝生の中に生えていて、アジアから芝生と共に中南米に人の手でもたらされたと言われます。エビネランの仲間も通常自然界では自家受粉はしませんが、人為的交配によって自家受粉させることは可能です。しかし、パナマにも分布するコウトウシラン、カクチョウラン、コクラン、ナリヤラン、キヌランなどは自然界で自家受粉することが知られています。これらのアジアから来たランがパナマに定着できたのは自家受粉をするからかも知れませんね。

   ではパナマに分布するアジア起源のランについて詳しく見てみましょう。

エビネラン属

Calanthe vestita (エルバジェにて)

   エビネラン(Calanthe discolor)は日本の里山にごく普通に見られます。エビネランの仲間でただ一種パナマに分布する種があります。それはCalanthe calanthoidesです。エビネラン属植物の世界における分布図をご覧ください。エビネラン属は200種以上が、東南アジアからニューギニアに分布し、少数ですがインド洋の島々、マダガスカル、アフリカ大陸にも分布しています。日本にはエビネラン属植物は約20種あります。Calanthe calanthoidesだけは他のエビネランの仲間から飛び離れて、中米のメキシコからパナマまで、南米大陸のコロンビア、キューバなどのカリブ諸島に分布しています。Calanthe calanthoidesは非常に例外的な植物と言えます。 Calanthe calanthoidesはいつ、どのようにして他のエビネラン属植物から分化して、東南アジアから新世界に長距離分散したのか大変不思議なことです。

※色が濃いところほどCalanthe属の種類の数が多く分布している。

    エビネラン属植物は自然界では自家受粉は起こりにくいとされています。花粉媒介昆虫としてはクマバチなどミツバチ科の昆虫が挙げられています。

Calanthe calanthoides Wikispeciesより

    エビネラン属Calantheはコウトウシランやカクチョウランと同様セッコク亜科のCollabieae連に属します。ラン科植物の系統樹をご覧ください。Collabieae連は2000万年ほど前に分化した連で、Calanthe calanthoidesはエビネラン属が分化した後に東南アジア辺りから遠くカリブ海周辺に長距離分散したものと考えられます。

カクチョウラン

Phaius tankervilleae  (エルバジェにて)

   カクチョウランの学名はPhaius tankervilleaeです。鶴頂蘭(カクチョウラン)の語源は中国語で、インド亜大陸、東南アジア、インドネシア、マレーシア、フィリピン、中国、日本 、ニューギニア、オーストラリア、太平洋諸島の一部に分布しています。日本国内では種子島以南で見られます。加えてハワイやパナマ、西インド諸島、フロリダにも自生しています。エルバジェではセロガイタール自然保護区内やニスペロ動物園などでも見られます。 

※色が濃いところほどPhaius属の種類の数が多く分布している。

    カクチョウランがアジアからこんなに飛び離れたところに分布するのはなぜでしょうか。沢山あるアジアのランでパナマの自然界に自生しているランは大変わずかです。例えばエルバジェのラン保護施設APROVACAではアジアのラン・胡蝶蘭が沢山屋外で栽培されています。けれどもエルバジェの自然界には胡蝶蘭は着生していません。チャメにあるラン園でもアジアのラン・バンダやデンファレが沢山栽培されていますが、チャメの周辺にこれらのランが逃げ出していると言うこともありません。それなのに、なぜカクチョウランが遠く離れた日本を含むアジアからパナマの自然界にやってきたのでしょうか。昔、だれかがアジアから持ってきたのかもしれませんが、それならラテンアメリカの熱帯雨林のどこにでもあるのかと言うとそうではありません。パナマ以外ではジャマイカ、キューバなどのカリブ諸国とフロリダ半島だけです。
   カクチョウランは自家受粉します。昔、誰かがアジアから最初の植物を運んだとしたら、その時期はスペインの征服者たちより後でしょう。パナマ運河掘削のためにインドから多くの人がやってきパナマに住み着いています。そのあたりも怪しいですね。いずれにしろ不思議なことですね。

キヌラン

Zeuxine strateumatica
(写真はPanoso( https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5032915)より転載。 )

   セッコク亜属のZeuxine strateumatica(キヌラン)はわが国では沖縄、鹿児島、宮崎に分布します。分布の様相は他の植物とは一寸異なります。

   Zeuxine属植物は東南アジア、インドや中国の周辺地域などアジア、アフリカなどに広く分布します。このうちキヌランはインドから東南アジア諸国に広く分布していますが、それだけでなくニューギニアや太平洋の島々、ハワイや北米南部のフロリダ、ジョージア、テキサスなど、メキシコ以南ブラジルまでの中南米諸国やのーストラリア、アフリカや西インド諸島に広く分布しています。

※色が濃いところほど Zeuxine 属の種類の数が多く分布している。

   米国ではキヌランの種子が1927年に芝生の種子に混ざって中国からもたらされたと言われています。キヌランは本来アジアの草地や川岸に自生するランですが、本種が侵入したアメリカ大陸のような土地では畑や芝生に繁茂し、外来の雑草として迷惑な存在になっています。このランも自家受粉します。

コウトウシラン

Spathoglottis plicata (アントンにて)

   コウトウシランSpathoglottis plicataはカクチョウランやナリヤランと同じセッコク亜科Collabieae連に属します。Spathoglottis属は約50種が中国南部から東南アジアやニューギニアなどに広く分布していますが、この内コウトウシランは近年ハワイやパナマ、カリブ諸島、フロリダにも侵入植物として根付いていています。

※色が濃いところほど Spathoglottis 属の種類の数が多く分布している。

   Spathoglottis属の中で新世界にも分布する種はコウトウシランだけです。Spathoglottis属の分布図をご覧ください。なぜコウトウシランだけがアジア以外に広く分布するのでしょうか。不思議なことです。Spathoglottis属の植物は自家受粉することが知られています。

コクラン

Liparis nervosa(エルバジェにて)

   ナリヤランやカクチョウランのほかにもパナマに分布する日本の野生蘭があります。それはコクランです。コクランの学名はLiparis nervosaと言います。このランはわが国では低山の常緑樹林内よく見かけます。花は小さく地味で目立たないランです。このランは世界の熱帯や温帯に広く分布します。ラテンアメリカでもフロリダ、メキシコ以南の中米やカリブ諸島、南米の東側に広く見られます。

   コクランはナリヤランやカクチョウランのように人間の力でパナマに持ち込まれたのではないようです。パナマ地峡は地理的には非常に新しい土地で、地峡として中米と南米がつながったのは300万年ほど前と言われます。その時代には初期の人類・猿人がアフリカ大陸で活躍していました。コクランはそれよりはるか前に生まれ故郷から世界の熱帯に広く分散し、現在のように広く世界の熱帯や温帯に分布するようになったようです。さてこのランの故郷はどこだったのでしょうか。

ナリヤラン

Arundina graminifolia (エルバジェにて)

   ナリヤランはもともと熱帯アジアに分布していて、わが国では八重山諸島に野生しています。学名はArundina graminifoliaと言います。ナリヤ(成屋)は、西表島の内湾にある小島、内離島にあった成屋集落に由来するそうです。このランはハワイやプエルトリコ、ジャマイカ、グワダルーペなどのカリブ諸島にも分布しますが、パナマでもエルバジェなどでよく見かけます。

   エルバジェのAPROVACAの最近のFacebookに美しいピンクのカトレヤのような花が載っています。恐らくこのランがパナマにも分布拡大したのは人為的なものでしょう。エルバジェでは別荘地の庭などにススキのように生えています。英語ではBamboo Orchidと呼ばれて、一年を通して美しい大きな花を咲かせます。花の寿命は短いのですが、次から次へと新しい花が咲きます。

   様々な方法でアジアからパナマまで渡ったラン達を見てきました。人間の活動、天候気候の影響、大地の成り立ちまで関わる遠い旅を考えると、きれいな花の一つを見るのにも浪漫を感じずにはいられなくなりませんか。