COSPA パナマ野生蘭保護活動

パナマのランの故郷 番外編

  ドミニカ共和国で見つかったランの化石

   パナマのランのを含め、ランの歴史の足跡を辿るのは実はなかなかに大変です。遺伝的系統をもとに推測していますが、やはり実際の証拠として化石があるのが一番はっきりします。今回はカリブ海を挟んでパナマと対する位置にある、まあまあ大きく見ればお隣の国、ドミニカ共和国でランの化石が見つかったというお話。

パナマのお隣、ドミニカ共和国

   ラン科植物はその形態から植物の仲間では最も進化した仲間だと言われます。最も進化したとは、最も新しくほかの植物から枝分かれしたということですが、それはいつ頃だったのかということを明らかにするのは大変難しいことです。動植物がいつ頃生まれたのかを知る最も標準的な方法はその化石から時代を推定する方法です。例えば石炭は樹木の化石ですが、掘り出された石炭からその樹木がいつ頃生えていた時代を推定できます。木質部がなく化石が残りにくい草本植物でも花粉の化石を調査して、その年代を推測する方法がとられています。このような花粉の化石をmicrofossil微化石と言います。
   しかし、ラン科植物は植物体に木質部がなく化石が残りにくい上、花粉はスギやヒノキのような風媒花に比し著しく数が少なく(一つの花に2個から4個の花粉塊)、また種子も非常に小さく分解されやすいために、ラン科植物の化石を探すことは非常に困難でした。
   ところが、2007年8月のNature誌にラン科植物の化石が初めて報告されました(S.R.Ramírezら)。報告の概要は次の通りです。

   絶滅したハリナシバチProplebeia dominicanaとその背中に付着したラン科植物の花粉塊が、カリブ海の島国・ドミニカ共和国でとれた琥珀の中から発見された。この花粉塊は形態的特徴からラン科チドリソウ亜科シュスラン連(Subtribe Goodyerinae)に属する植物のものであることを解明、この植物をMeliorchis caribea と命名した。この植物が存在した時期は他の植物との比較から2200万年前と推定した。(その後の研究で本植物の存在した年代は1700万年前と修正された。)

Gonoraの花に集まるハリナシバチ

   ハリナシバチProplebeia dominicanaMeliorchis caribea はどこからこの島にやってきたのだろうか。
   ハリナシバチは世界中の暖かな、湿度の高い森の中に普遍的に分布し、少なくとも6500万年前より更に前に既に存在していました。その起源は被子植物の世界的拡散(1憶25珀万年前)よりは新しいけれど、ゴンドワナ大陸の存在した白亜紀前期のまで遡ることができるという説があります(C.Rasmussenら)。即ち、ハリナシバチの祖先は、約8000万年前の白亜紀後期に生まれたラン科よりは起源が古いということになります。そして4400万年前の始新世中期にはバルチック海の琥珀の中、また2000~1500万年前の中新世初期のメキシコやドミニカの琥珀の中からハリナシバチの化石が見つかっています。

   他方、チドリソウ亜科植物が分化したのは凡そ5000万年前、シュスラン連が枝分かれしたのは4000~3000万年前で(K.M.Cameronら)、シュスラン属Goodyeraは第三紀の中頃(3000~2000万年前)のある時期に長距離分散をして種の分化が起こったとされています(R.L.Dressler)。

ミヤマウズラgoodyerineの例

   これらを総合すれば、Meliorchis caribeaのもとになった植物はおそらく今から4000~3000万年前地球上のいずれかの大陸の熱帯で生まれ、3000~2000万年前には長距離分散してイスパニョーラ島やメキシコなどカリブ海の周辺に広く分布していた。また、チドリソウ亜科植物がこれらの地域に到着するよりも前にハリナシバチが分布していて、シュスラン連植物の送粉者として有効に機能していたことが想定されます。しかし、今回の知見からだけではシュスラン連植物がどこで生まれたのかを特定することはできません。

   一つの種の足跡を考えるのは、とても難しいです。これだけ科学が進んで様々な方向から考えることが出来ても、まだその全容を知ることは出来ないのです。その分楽しいのですね。